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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)515号 判決

上告人 秋元馨

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

上告代理人富沢放の上告理由第一点について。

論旨は、原判決が理由の前段において国が当事者となり売買等の契約を競争入札の方法によつて締結する場合には「入札の公告及び契約の条件の呈示によつて契約の申込があり、入札によつて承諾の意思表示がなされ……ここに売買契約に必要な意思表示の合致があつたものと解して差し支えはない」と説示しながら、その後段においては「公告にはじまり入札落札を経て契約書作成に終る一連の手続によつて、はじめて国を当事者とする一個の法律行為たる売買契約は完結するものである」と判断したことは、前後矛盾し、判決に理由不備の違法があると主張する。

国が当事者となり、売買等の契約を競争入札の方法によつて締結する場合に落札者があつたときは、国および落札者は、互に相手方に対し契約を結ぶ義務を負うにいたるのであり、この段階では予約が成立したにとどまり本契約はいまだ成立せず、本契約は、契約書の作成によりはじめて成立すると解すべきである。したがつて、原判決が論旨指摘のように判示したことは、入札に関する法理の解釈を誤つたものというべきである。しかし本件においては、小山量輔は落札後契約書作成前に詐術を用いたこと、原判決の確定したところであるから、右詐術は本契約成立前に用いられたこととなり、小山は本契約を取消すことができないのであるから、原判決が上告人の主張を排斥したことは結局正当に帰し、原判決の前記違法は判決の結果に影響を及ぼすものではない。されば論旨は、採用することができない。

同第二点について。

論旨は、原判決は、契約書作成以前においては無能力者の行為を取消しうるが、その作成後は取消しえないと判示しているが、右判示は理由不備である。国の競争入札は落札決定で売買契約が成立し、その後に契約書を作成することは契約成立後の附随的のものであるから、原判示のように契約書作成までを全体的一環の法律行為とみるのは違法の解釈であると主張する。

民法二〇条は、契約の相手方が無能力者の詐術により無能力者を能力者と誤信したが故にこれと契約を締結したため、この信頼を保護しないと相手方に損害を生ずる状態を招く場合の規定である。したがつて、契約成立後に詐術が用いられたときは、右二〇条の適用はなく、無能力者が契約を取消しうべき原則に戻ることは当然である。また、予約に基づき本契約が成立したとき、予約に本契約に吸収され、独立の存在を失うと解すべきである。本件はおいて契約書の作成は本契約の締結とみるべきであり、本契約成立前に詐術が用いられた以上、無能力者側において右契約を取消しえないこと、前論旨について説明したとおりであるから、所論は結局において採用することができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 島保 河村又介 垂水克己 高橋潔 石坂修一)

上告理由

第一点 上告人は原審に於て原判決事実に摘示された如く国の競争入札公告は普通の公告と異なり申込の誘引でなく申込其のものであるから落札者と決定することは入札者の承諾の意思表示を認容したので其の時意思の合致があるのだから契約が成立するとし而して脱退原告小山が承諾の意思表示を取消し若し承諾の意思表示と見られないならば其の入札行為を取消したのだから其の後契約書作成までの間に詐術を用いたからとて取消権の行使を阻止すべきものではないと主張したのに対し原審は「入札の公告及契約条件の呈示によつて契約の申込があり入札によつて承諾の意思表示がなされそれが最高の条件を示しかつ国の予定価格に達したとき茲に売買契約に必要な意思表示の合致があつたものと解して差支ない」とし而して「契約書の作成の時新に契約が成立するものと解すべきでない」と上告人の主張の一部を容れ乍ら「此の契約の作成は単に証拠書類の作成に止まるものではなく会計令第八二条第九〇条等により即ち此の公告に始まり入札落札を経て契約作成に終る一連の手続によつて始めて国を当事者とする一個の法律行為たる売買契約は完結するものである」と判断したのは前段に於て入札落札で意思合致した時売買契約成立したとし乍ら後段に於て入札落札を経て契約書作成を要する一連の法律行為としたのは即ち其の時契約成立したことになり明治三四年(オ)第六四一号の判例に反するのみならず前段相矛盾した所謂理由不備の裁判です。

第二点 原判決は第一点記載の如く「この公告に始まり入札落札を経て契約書作成に終る一連の手続によりて始めて国を当事者とする一個の法律行為を完結するものである」とし「若し契約書作成以前に於て右入札が無能力者の取消し得べき行為なることが判明した場合には之を取消し契約書作成の段階に進まないことを得る」云々「然らばこの一連の手続を経て完結する一個の法律行為の形成される過程に於て無能力者が能力者たることを信ぜしめたるため詐術を用いたときはその者はこの法律行為を全体として取消し得ないものと解すべきであり単に入札行為が詐術以前のものであるとの理由でこれだけを切り離して取消し得るものと解すべきものではい」と判断したけれども(一)何故に契約書作成前ならば取消し得るも其の作成後は取消し得ないとする理由を示さない理由不備の裁判なるのみならず(二)国の競争入札は落札決定で売買契約が成立し其の後契約書作成を必要とする是れ成立後の附随的のものにして原判決に「成立に争ない乙第二号証(契約書)と甲第五号証(買受人心得)と比べて見ると前記契約書に定められた事項は概ね買受人心得として入札者に配付されたものの中に契約条件として示されたことを伺い得る」とあるが如く契約書は買受人心得や公告事項を具体的に記載したに過ぎないもので会計令第六八条に契約書作成を要求してるから作成するので之を以て全体的一環の法律行為と見るのは違法の解釈です或る学者は入札落札を予約として契約書作成を本契約と解するも上告人は契約書作成の場合に其の作成を要求する法規あると入札保証金の外個別に契約保証金を納付させる点より入札落札を第一段の行為として契約書作成を別個の第二段の行為と見べきものと信ずる果して然らば第一段の契約成立後に詐術を用いたとしても本件請求を排斥したのは違法の裁判です。

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